税理士の相続事件簿1 ~とある経営者の悲惨な相続~
税理士法人あおば
三瀬 義男
ここに掲載した記事は、それぞれ掲載時点の情報です。税制の改定や行政当局の新たな通知等によって、取扱いが変更されている事項が含まれている可能性があります。ご高覧にあたって、予めご了承ください。
【2021年1月】税理士の相続事件簿 1 ~とある経営者の悲惨な相続~
事件は会議室で起きているんじゃない!現場で起きているんだ!ということで、今回より3回シリーズとして実際に遭遇した相続問題“事件”をご紹介します。
◇
父親が亡くなった。父親は生前アパレル関連の会社を経営。会社は、父親の生前より、長男が事業承継する予定であり、その準備中に急死。父親の遺した財産は、自社株(100%)、不動産、預貯金と合わせて、3億円相当である。個人的な借金はないが、法人の保証債務として1億5000万円あった。相続人は長男、次男、長女の3人である。
父親が亡くなった直後から、後継者長男主導で相続手続きが進められた。長男は、「会社を守っていくためにも、全財産は自分がすべて引き継ぐ必要がある」と主張。あまりにも一方的な主張であったため、次男、長女は反発する。しかし、最終的には、父親の会社の事を思い、次男と長女はハンコ代として現金200万円を受け取る事に合意し、分割協議書に署名押印し、無事に相続手続きを完了。
それから3年。長男が引き継いだ会社は、長男のマネジメント力不足、業界の不況を受け、経営が悪化。その後、法人は倒産し、後継者長男も自己破産に陥った。
そんな状況の中、ある日突然、会社の債権者から、長女と次男に対して、1通のハガキが届いた。「引き継いだ連帯保証債務として、各自5000万円の支払いを求める」と。
長女と次男は「なぜ、私たちが会社の債務を負担する必要があるの?」と困惑し、専門家へ相談。
ここで、税理士の視点から解説します。
債務の相続については、改正民法第902条の2のただし書きの規定が運用されます。結果、仮に法定相続分の割合と違う割合で相続する旨の分割協議書があっても、相続人間では有効であるが、債権者には対抗できないということです。
今回の事件のポイントは、会社の債務1億5000万円は、父親が連帯保証人になっている点です。会社が銀行に債務の返済ができない場合は、父親に債務が及びます。さらに、父親が死亡している場合は、その相続人に法定相続割合に応じて、債務を承継します。たとえ、分割協議書に長男が引き継ぐ旨を書いていたとしても、債権者に対しては無効です。
この事件の教訓は、3つです。一つは、会社に対する借入金も父親の保証債務を有しているのであれば、将来、父親の債務になる可能性があると認識すること。二つ目は、遺産分割時、先代経営者である父親の連帯保証について、正式に解除されているか確認すること。3つ目は、現金200万円は相続ではなく、贈与という形式で処理すべきである。
相続においては、プラスの財産ばかりに意識が向きますが、債務、特に保証債務については、大方、負債としての認識が欠けます。(病院)事業を行っている以上、借入金は存在します。相続時においては、その債務の引き継ぎ方法にも注意を向けていきましょう。
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