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患者からの暴力で負傷した場合、治療費はどうなるのか【2022年4月】

雇用問題Q&A 社会保険労務士 曽我 浩

 「月刊保団連」の好評連載記事から、著者および発行元の許可を得て転載して紹介します。
 なお、ここに掲載した記事は、それぞれ掲載時点の情報です。関係法令の改定や行政当局の新たな通知等によって、取扱いが変更されている事項が含まれている可能性があります。ご高覧にあたって、予めご了承ください。

患者からの暴力で負傷した場合、治療費はどうなるのか【2022年4月】


 うちのスタッフが患者から胸を強く打たれあばら骨にひびが入るけがをしました。患者の家族が謝罪し慰謝料を持ってきましたが、このような場合、どのように対応すべきでしょうか。


 これは労災事故ですから治療は労災保険ですべきです。
 また、これにより死亡または休業した場合は労働基準監督署に死傷病報告を提出する必要があります。労災保険からは治療のための療養補償給付、休業があれば休業補償給付などが支給されます。


 加害者への請求はどうなりますか。


 第三者行為として労災保険から給付された分は基本的には労災保険、具体的には労働基準監督署が加害者に請求します。


 慰謝料を受け取った場合はどうなりますか。


 労災保険給付に慰謝料は含まれていないので、受け取っても調整されることはありません。


 最近、大阪市の心療内科クリニックでの放火殺人事件、埼玉県ふじみ野市で起きた散弾銃による医師殺人事件など医療機関スタッフへの残虐な暴力事件が報道されました。この場合、労災保険を使えますか。


 基本的には労災保険は使えません。


 労災事故ではないのですか。


 勤務医は労災保険の対象になりますが、院長や医療法人の理事は労働基準法上の労働者ではないので、労災保険は使えません。大阪と埼玉の事件で亡くなった医師は、それぞれ、院長、医療法人の理事長でした。労働基準監督署の労災保険担当者は、業務災害かどうかを調査する前に被災者が労働者かどうかを調査します。
 大切なことは「院内の暴力を許さない」というメッセージを発するなど、事前の取り組みです。関西医科大学の三木明子教授などが医療機関での暴力撲滅の取り組みを発信しています。「医療従事者のための産業保健研究会日本産業衛生学会」がYouTubeに三木教授の動画を上げているので、ご覧いただくといいかと思います。


 われわれ医師はかなり長時間働いており、経営者でも労働者以上に働いています。それでも労災保険の対象にならないのですか。


 確かに、実態から見て中小企業経営者の働き方は労働者と変わりません。中小企業経営者も保護する必要があるということから、労災保険の特別加入という制度があります。


 どのような制度ですか。


 中小企業経営者が労働保険事務組合に加入すると、特別に労災保険に加入できます。労災保険に加入する一番のメリットは、業務災害の治療に対して全額給付を受けることができることだと思います。協会けんぽは基本的には業務災害に使えません。


 保険料はどうなっていますか。


 給付基礎日額を3500円から2万5000円の範囲で、自分で決めることができ、労災保険料率は労働者と同じです。例えば日額3500円で加入すると年間の保険料は3500×365×3/1000=3832.5円となります。労働保険事務組合をつくっている保険医協会もあります。商工会議所や社会保険労務士が組合をつくっている例もあり、広く活用されている制度です。ぜひご検討ください。

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