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【第62回】「悪い噂」を理由として内定を取り消すことはできるか

開業医の雇用管理ワンポイント 社会保険労務士 桂好志郎(桂労務社会保険総合事務所所長)

 ここに掲載した記事は、それぞれ掲載時点の情報です。税制の改定や行政当局の新たな通知等によって、取扱いが変更されている事項が含まれている可能性があります。ご高覧にあたって、予めご了承ください。

【第62回】「悪い噂」を理由として内定を取り消すことはできるか

採用内定とその法的性質

 学説上いくつかの考え方がありますが、企業が労働者を採用する場合はおおむね、

  1. ①企業による募集
     ⇒労働契約申し込みの誘引
  2. ②労働者の応募(受験申込書・必要書類の提出)
     ⇒採用試験の受験は契約の申し込み
  3. ③採用内定(決定)通知の発信
     ⇒使用者による契約の承諾

 という過程をとりますが、裁判所はこの採用内定通知の段階で始期付・解約権留保付きの労働契約が成立したと判断します。(大日本印刷事件 最高裁二小昭54・7・20判決)
 採用内定通知書に記載されている採用内定取消事由が生じた場合は解約できる旨の合意が含まれていますが、これにより両者間に解約権を留保した労働契約が成立します。

採用内定取り消しは、「事前に知ることができず、かつ社会通念上相当として是認できる事由」がなければならない

 前出の大日本印刷事件では、裁判所は「採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる」としています。

 採用内定取り消しの適法性は、客観的に合理的で社会通念上相当として是認できる事由で判断します。たとえば「提出書類への虚偽記入」という取消事由も虚偽記入の内容や程度が重大で労働者として不適格性、不信義性が判明したことが必要とされます。

参考となる裁判例

  • 公安条例違反の現行犯として逮捕され、起訴猶予処分を受けたことが発覚したためになされた内定取り消しは有効とされました。
  • 大学院生が研究に支障が出ることを理由に、入社前研修に同意しなかったことを理由とする採用内定取り消しは公序良俗に反し違法とされました。

 前職の単なる「悪い噂」を理由とする内定取り消しは、解約権の濫用とされた裁判例もあります。慎重な対応が求められます。

会社都合による採用内定取り消し

 採用内定により労働契約が成立している以上、内定者側の事情ではなく、会社の業況悪化によって採用内定を取り消す場合は、より厳格な合理性が必要とされます。(採用内定を出した会社に採用されることを前提に、他社を退職しているケースを考えれば明らかでしょう。)

 入社の2週間前に、会社の業績が悪化し、採用予定の部門が存続しなくなったケースで入社を前提に職種の変更の打診など相当の努力を尽くしましたが、本件内定取り消しは客観的に合理的な理由があるものの、「本件採用内定に至る経緯や本件内定取消によって債権者が著しい不利益を被っていることを考慮すれば、本件内定取消は社会通念に照らし相当と是認することはできない」としたものがあります。(インフォミックス事件 東京地裁 平9・10・31決定)

応募者に不採用の理由を伝える必要があるか

 応募者に不採用とした理由まで伝える義務はないとの考え方が一般的です。慶応大学附属病院事件においても、採用選考における企業の裁量判断の自由のうちには、「採否決定の理由を明示、公開しないことの自由をも含む」と判示されています。(慶応大学附属病院事件 東京高裁 昭50・12・22判決)

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