奈良県保険医協会

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民主主義を守る-衆議院総選挙に向けて

コロナ禍と世界の状況
 世界中で猛威を振るう新型コロナウィルス感染で社会主義の国と民主主義国家との間で大きな差異を生んでいる。米中両国の初期の感染対策が正反対で、その後の感染者数、死者数に大きな違いが生じた。発生当初、米国のトランプ政権は自由を重んじてマスクすら推奨せず、一方、中国は武漢を二カ月半にわたり都市封鎖した。
 結果的に新型コロナの死者は米国で60万人を超えたのに対し、中国では5千人弱にとどまった。確かに、民主主義国家では感染対策を講じるにも自由や権利に十分配慮することが必要だ。中国のような非民主国家では、個人の権利よりも公権力による公衆衛生を優先することで蔓延を防げたと言える。しかし、民主主義より専制主義の方が優れた政治制度とはとても言えない。いくら感染を抑え込み、経済的に発展できても、個人が尊重されず、自由や人権が軽視される社会が健全とは言えない。

後手後手の日本政府
 さて日本政府は、専門家の意見を軽視し、根拠に基づく一貫した政策がなく、アベノマスクに代表される思い付きの様な政策と後手後手の対応により、今オリンピック開催前後の爆発的な感染を迎えている。日本の民主主義は、国民に政治的な自由、表現の自由、言論の自由を認め、国民が自分たちの代表を選挙で選び、その代表者に政治を任せている。委任した統治機能 (ガバナンス)を支える重要な概念は、「適法な手続き」と「説明責任」である。
 法の下の適正な手続きに従って権力が行使されること、そして権力の行使に対しては十分な説明責任が果たされないと、民主主義は成り立たない。適正な手続きがなければ公正な統治が行われているかわからないし、説明がなければ国民は闇に置かれ適正かどうか判断すら出来ない。またその説明が国民に理解されなければ為政者は責任をとらなければならない。あまりにも当然のことであるが、安倍、菅両政権を見ているとこの基本概念が、いとも簡単に損なわれている、と思える。

民主主義崩壊の危機
 首相主催の「桜を見る会」では招待者名簿が廃棄、森友学園問題では公文書が改ざんされ、赤木俊夫さんの自死を招いた。東京高検検事長の定年延長や日本学術会議会員の任命拒否に対しても理由説明を拒否する。更には閣僚の不祥事、辞任に際し何ら責任を取ろうとしない。また所謂「ごはん論法」と揶揄される様に国会や記者会見でまともに答えようとしない。
 オリンピック開催に対しても壊れたレコードのように「安心・安全」を繰り返すのみで、国民に訴えようとする姿勢すらない。緊急事態宣言発令に際しても原稿の棒読みに終始する。ドイツ、メルケル首相の心打つ訴えとの、彼我の差に愕然とするのみである。正に民主主義の崩壊の危機を感じる。

来る総選挙で民意を示そう
 今秋には衆議院総選挙が実施される。今の自公政権を継続させ、民主主義の形骸化を加速させるのか、それとも国民主権を再び取り戻すのか、日本の将来への大きな選択である。是非与えられた権利を行使し、我々の手に民主主義国家、日本を取り戻そうではないか

【奈良保険医新聞第468号(2021年9月15日発行)より】

主張

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